奈落の底への伝言 ― 2012年03月02日 22:03
奈落の底への伝言42・・筆を休もう
もう筆を休もう。雑音でもあろうし。
しかし、ちょいとしたお話をしてから幕としよう。昔、百助という頑固な男がいた。43歳にして自分を生んだのは良いとして45歳で病死。子ども5人の母子家庭となって、まあ平凡な生い立ちではなかった。
てなわけで、まあ、意地悪さも獲得したように思う。勉強家であったから、母譲りか、周囲を見下していた。25歳で東京に来てからも、教えに来たという態度で、ある日、島村という知人を訪ねた。やはり、学問の話ばかりであったが、やがて島村が「この一節が分からん」と翻訳中の文を見せた。オランダ語である。
見れば、むむ、これは難解!・・「これは、他の学者にも聞いたのか」と尋ねれば、誰に聞いても分からんとか。「面白い。ソレじゃあ僕が翻訳しよう」と言って、半時間ばかり無言で考えた。・・やはり、こうするものなのだ・・・
ロウソクをつけると影が、どうなるという話でチャント解明してみせたのだ。見ろ、東京たって、こんなもの。ふふーん、よし、昔、大阪にいたころに苦しんだ文を選りだして、知らんふりをして、学者先生の所をまわってみる。すると、みんなが読めない・・あまり道徳的ではないが、おかしくて止められない!!
東京のレベルとはこんなもの。学者先生方は、みな自分の試験に落ちたわけだ。だが、横浜の掘立小屋のような店の外国人と会って仰天した。会話も文字も通じないのだ。落胆しつつ、ははあ、あれは英語か仏語に違いあるまいと思う。
落胆は、すぐに新たな志を起こす。
オランダ語勉強の数年間は、死にものぐるいであったから、英語とて何とかするという志だ。
発音が最も分からないが、英語をオランダ語に訳する辞書があることが分かり、これは上役にお願いして買ってもらう。5両。 オランダ語になれば得意であったから、もう勝ったも同然。
明治時代が近い1859年のことだった。とは、この主人公の福沢諭吉が自伝で語ったことである。・・・英語の習得は、こうして達成されたのだ。
コメント
トラックバック
このエントリのトラックバックURL: http://naraku.asablo.jp/blog/2012/03/02/6356561/tb
※なお、送られたトラックバックはブログの管理者が確認するまで公開されません。
コメントをどうぞ
※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。
※なお、送られたコメントはブログの管理者が確認するまで公開されません。