梅林公園に行こう2015年01月29日 01:02

梅林公園に行こう
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 さて、与三爺さんの日常はどうであったろう。偽善者であるために、周囲からは評判は良かったが、どこか見透かされている感じを爺さん自身が持っていたというから、これは芥川の禅智内供(ぜんちないぐ)のような人である。身分はけっこう高いためか林業などには目もくれない。これ、後に痛い目に遭うのだが。それにしても好印象を装い、推薦が効き、出世が早い。よって、コブなど、何も余計なことをしないのが良いとは後で分かることだ。

 善兵さんの反対の人であるから、兵法などは無い。変化球は無い。直球一本での正直さが売りなのだ。そう見せていた。だが、泥棒の真似をする者は泥棒で、まじめを演じ続けると者は、まじめ、と同じだ。
 しかし、人を表面で判断するなど愚人のすることであるとか言いながら、いくつもの鏡をもっている。高麗門の市(こうらいもん 新町に行く鹿児島本線付近)あたりで買っていた。鏡の中には曲がっているものがあるから、良いモノを探さにゃあイカン。戸坂あたりの店では正しく写らん。コブなど大きめに写るのだ。

 写真機も同じで油断はできん。前列で真正面を向いて写るなど、露出狂のすることである。ここは、諸氏に出てもらい、自分は後列で少し斜め顔で写るぐらいのが良い。控えめともいう。シャッター直前に、ちょい斜め下を向くのが心得だ。メガネなど反射をするので、それが正しいのだ。だが、写真屋の中には向きが歪んでいますとか、もう一枚とか言うものがいる。ああゆうのは写真屋としては下だ。

 それにしても、ああ、コブさえ無かったなら別の人生があったろう。この思いは、わが家の娘と同じということで、女性力があった人だ。暗やみから鬼でも出よう者ならキャッという力である。なお、よけいなことだが、男性力とは、どうも精力というから、これ、反対語では無いな。

 んで、皆さんは、あ、ソウネとかで受け流す。そこ悲しい。他人事と思う気持ちが露骨だと嫌われるよう、皆さん。
 与三少年は若い頃、思い切って、この心のモヤモヤを切り出してみた。だいたいにおいて、どの人も、心から悔しがっていることがある・・はず・・自分だけではあるまい。人によっては、大変なところにコブができているハズとは母の言ったことでもある。

 すると、相手の小梅が言った。可憐な若い乙女である。何よ、んな外見などにこだわって、と容赦なく怒る。つぼみのように若い娘の表情が悩ましかった。どんなに美人でも人形のように笑ってばかりではダメなのだ。小梅さんの言葉には、ちょっと期待はずれの面があったものの、じーんとしたのは当然であった。恋かしら。